伊藤まさひろ世事感懐

厚底シューズ

陸上の長距離ランナーが履くシューズを巡って騒動になっています。このランニングシューズはナイキ製の「ヴェイパーフライ」。史上最速となった今年正月の箱根駅伝で8割の選手が使用し、ピンク色のシューズが躍動したのでご存知の方も多いと思います。マラソンの非公式レースで、ケニアのキプチョゲが使用して2時間を切るタイムを打ち出し、その他のレースでもこのシューズを履いたランナーによる好記録が続出するのに及んで、英国の新聞は、「ヴェイパーフライ」の使用禁止を念頭に調査に乗り出すと報道しました。

「ヴェイパーフライ」は宇宙航空産業で使用するフォームで形作られた厚いソールに、弾力性に富んだカーボンファイバープレートを組み込み、ランナーの力を蓄積し効率よく放出するよう工夫されたランニングシューズで、その他のシューズに比べて4%の走力効率が見込まれるといいます。これが、世界陸連の「競技に使用されるシューズは、不公平なサポートや利益を提供するものであってはいけない」という規則に違反するのではというわけらしいのですが、果たして「ヴェイパーフライ」は不公平と言われるほどのサポートをするシューズなのでしょうか。

このシューズは最新のテクノロジーでランナーの脚力を効率よく地面に伝えることができるように開発されたものです。地面を蹴り前進しようという力はすべてランナーのものです。かつて、自転車競技の車体に隠しモーターが取り付けられているのが見つかりましたが、このように外部の力のサポートを得てより早く走ろうというものとは本質的に違うのです。また、「ヴェイパーフライ」は1足3万円ほどで市販されていて、一部の選手だけしか使用できないものではなく、世界陸連の「すべてのランナーが合理的に利用可能でなければならない」という規則にも背いていません。「ヴェイパーフライ」の成功で他のメーカも同様なシューズの開発を進めており、やがていろいろな種類の厚底シューズが手に入るようになるでしょう。

競技者がその力を十分に発揮できるように、スポーツ用具は時代とともに進歩してきました。木製だったテニスのラケットは、今ではカーボンファイバーなどで作られています。竹だった棒高跳びのポールもカーボンファイバーやグラスファイバーにとって代わっています。陸上競技を例にとってみても、スパイクシューズは脚力をより強く地面に伝えようと開発されました。タータントラックはより走りやすく改良されてきました。以前より好記録が出るようになったからといって、安易にスポーツ用具の進歩を否定してはなりません。

2020東京オリンピックまであと半年。厚底シューズを履いて練習している選手も多く、使用が禁止されれば混乱が予想されます。世界陸連の判断が注目されます。